2013年12月20日

残秋の奈良 写真俳句 ⑴


以前から気になっていた森村誠一氏の「写真俳句の愉しみ」を読んだ。ノウハウ本ではない。制作過程の説明を序章としているが、実質は推理小説作家森村氏自身のエッセイ集である。写真と俳句と対になったエッセイを読み進めていくうちに、写真俳句のなんたるかがじわじわとそして確実に理解できる仕組みになっている。

『俳句にも写真にも表現したいモチーフがある。俳句と写真が合体した写真俳句のモチーフはなにか。俳写同格であるが、その時の状況によって、俳句に重点が置かれる場合と、写真に傾斜している作品に分かれるであろう。それは一句一写ごとに異なる。そこに写真俳句の愉しみの一つがある(11頁)』

「モチーフ」とは、「題材」「思想」「動機」など平たく言えば「きっかけ」のようなことだろう。コンセプト(狙い)と言っても良い。写真の題材やコンセプトに重点を置くか、目にした光景に触発された想いを俳句に結晶させるかということであろうか。次の句は撮影時のコンセプト「逆光」を句にしてみた。


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逆光を 待ち焦がれたり 山モミジ 

太陽の位置が高くなる昼間の紅葉は葉裏から太陽の光を透して見たほうが見ごたえがある。3時を少し回ったばかりだというのに谷間の空には次々と雲が流れ込み、夕暮れのように暗い。今さっきまで人々を感嘆させた紅葉は色を失い、陰鬱とした冷気につつまれている。唐突に、明るい日射しが戻り一瞬の風が葉を散らす。急いでレンズを向けたが、日はまた翳ってしまった。

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わが身なるか 朽ちゆく際ぞ 花もみじ

十二月も終わろうという頃になってもなお秋を感じる光景に出会う時がある。
雨上がりの午後奈良山の遊歩道、道筋に捨て置かれた古竹に舞い落ちたカエデの葉が貼り付いている。紅葉に染まった野山の秋を思い起こさせる。
上の句は、写真を見ていてなんだが先が見えて来た今の自分に似ているなと思い創った。花もみじというよりも「濡れ落ち葉」の方が適当でかもしれない。上五の字余りがちょっと気にいっている。
 我を見る 朽ちゆく際の 濡れ落ち葉

今回写真俳句に挑戦してみようと思ったのは、森村氏の『俳句を始めるときは誰でも素人、あまり難しく考える必要はありません。むしろ写真俳句は、俳句も写真もたいしたことがない場合の方が効力を発揮する。お互いが補いあって、意外な魅力が引き出されるんです(133頁)』という文章に触発されたことによる。そうか、だったら俳句を創ってデスストックとなっている写真にも日の目を見せてやろうかと。


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ときめきと 淋しさを知る 始発駅
身を寄せて 黄泉の旅路を 冬の川

猿沢池南西角、池を九の字に囲むように水路がある。排水溝のように細い川だが「率川(いさがわ)」というれっきとした名前を持つ。春日山に発源し佐保川に入る。その水路にかかる石橋(嶋嘉橋)から舟形の島に祀られた石仏群を見ることができる。それまでに何度も渡っているのに全く気づかなかった。そこが橋という認識もなかった。率川の船地蔵と呼ばれている。後で知ったことだが川の改修や、大雨などで流れ着いた無縁仏をまとめて祀ったものらしい。このような例は奈良ではよく聞く話である。

古都奈良では路傍や辻々に石仏を見ることは珍しいことではない。野山を歩いていてもさまざまな石仏によく出会う。かつて仏都と呼ばれ1300年の歴史を持つ街だ、これまで一体どれだけの生命が誕生し、消えて行っただろう。その生の証として石仏は存在するが、この船地蔵あまりにも淋しすぎる。身を寄せ合って浄土への旅立ちを待つ人のように思える。どちらかというと俳句に重点を置いたつもりだが、いい俳句ができたと思っている。自画自賛?

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踏み入れば 陽の明るさや 秋の里山


奈良山は常緑樹と落葉樹が混在する里山である。夏の間、森は入山を拒むがごとくに鬱蒼とした姿を見せる。12月、意を決っして(秋夏は山蛭や蛇が出るし、猪も怖い)山道を上がって行くと、背の高い大きな木はすっかり葉を落として尾根道は意外に明るかった。

森村氏『難しく考えることはない。要は、自分の思うがままに感性に従って発句し、シャッターを切ることである。一句一写、これはと思った瞬間を切り取ることによって、自分だけの新たな表現世界がある(13頁)』と言う。思うがままに俳句は創れないが、シャッターなら気軽にいくらでも切れる。そのうちの一枚。

「写真俳句の愉しみ 四季の彩り」著者 森村誠一 06年4月30日発行

残秋は秋の末、晩秋など季節を示す言葉だが、視覚的な表現として使われている場合も多い。よく似た言葉に「残暑」があるがこちらは言葉そのまま立秋を過ぎた後の暑さを言い表し、季節を表す言葉ではない。11月の上旬、暦の上では立冬を境に季節は秋から冬に変わるが、視覚的にも体感的にもまだまだ秋の入口といった感じだ。ところで気象用語の「冬日」は一日の最低気温が0度C以下の日を言う。ちなみに奈良市では11月30日0度を記録した。
posted by ハマー at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良のこといろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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