2011年07月13日

平群町・矢田丘陵の春日三社について

平群町を南北に貫く竜田川の東、田畑が森に変わる山裾を行くと、一定の間隔を置くようにして建つ
神社や寺に出会う。

平群町には春日神社を称する社が平等寺、椿井にある。両神社に挟まれてある船山神社も大正四年頃
までは安明寺の春日神社だった。竜田川をはさんだ若井にも春日神社があり、平安時代この一帯は興
福寺・一条院の経営する荘園が広がっていたと伝わる。 ※安明寺は興福寺の末寺、春日社の神宮寺

 s-平群町春日神社.jpg 

平等寺春日神社
平等寺春日神社は平群谷を一望できる矢田丘陵の中腹に鎮座する。社名の頭の平等寺は地名で、神社
の神宮寺の名前をとったもので、すぐ前の堂池は寺の名残であろう。
神社周辺の道は掃き清められ、山麓の清々しさが漂う。ここから見る生駒山地の夕暮れはさぞ美しい
だろう。

 s-P7106277生駒山地遠望.jpg s-P7106271平等寺・春日神社.jpg
 「堂池」越しに生駒山地を望む            平等寺春日神社前の松並木が美しい 

船山神社
船山神社は平等寺春日神社の北5百mのあたりにある。三里集落のま上、宮山の中腹に鎮座する。標
識に従って急な山道を登る。道の両側に茂る背丈ほどの夏草に遮られ見通し悪い。道をまちがえたの
ではと不安に思ったとき、前方の森の中に社務所らしき建物が見えた。
この神社は、宮山の山頂にあったが二度の引越しで現在の地に落ち着いた。しかし現在の社殿も急坂
を上り詰めた山中にあり、お年寄りが参拝に行くのも簡単ではない。できたらもう一度引越し願いた
いと神様は思っているにちがいない。

 s-P7106316船山神社手水石.jpg     s-P7106318船山神社・手水岩.jpg

本殿への石段をのぼりつめた右手に船形の手水石がある。神殿の前にそそりたつ陽石(あかいし)と対
になった陰石(かげいし)らしいが、それよりも木漏れ日が投影する葉影に魅せられてしまった。


椿井春日神社
 s-P7126342椿井の標石.jpg s-P7126340椿井春日神社神殿.jpg 
 「椿井」の二文字を刻んだ標石のすぐ横に井戸がある       椿井春日神社神殿 

椿井(つばい)神社は地名の由来となった井戸の近くにある。物部・蘇我の神仏戦争のこと、『(曽我軍
の)平群神手将軍が戦勝を祈願して椿の杖を当地に突き立てて勝利を祈願すると、一夜にして杖が芽吹
き冷泉が湧き出した・・・』という言い伝えがある。神社は五世紀後半の築造と考えられる宮山塚古
墳の中にあり、神手将軍の祖先の墓と考えられる。一説ではここには元々紀氏神社があったが、藤原
氏により他所に強制立ち退き(遷座)させられ春日神社に変わったという。

 s-P7126353椿井から平群谷眺望.jpg 
 椿井春日神社から平群谷、生駒山地遠望

船山神社、平等寺春日神社、椿井春日神社、若井春日神社の四社は高いところから興福寺荘園に睨み
をきかすように鎮座している。
これまで神社というものを深く考えたことがなかったが、平群町の神社を巡るうちに、神社というも
のは、何かを肯定するための、暗に行為を神聖視するためのナニカ、ことによると免罪符のような、
負のパワー(押さえ込む力)を持つのではないかと思えてきた。かつてはそういう力が、神社にあった
のではないかと。

<参考図書>
「興福寺」泉谷康夫著 吉川弘文館 平成九年十一月十日発行

posted by ハマー at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 斑鳩・生駒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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