2011年07月07日

聖徳太子戦場への道 信貴山奥之院

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平群の街から県道250号線を上って信貴フラワーロードと交差する直前の細道を北に折れると、それが
信貴山奥之院へと向う参道である。山の急斜面を断ち切って走る道を600mほど進むと奥の院に達する。

 s-P7055961笙谷寺棚田.jpg

道の途中、小さな谷間に苗を植えて間もない棚田があった。このあたりは、伊文字川の水源で、ここ
まで上ると川は手の平を広げたほどの狭い溝に過ぎない。それでもその水を頼りにして十数枚の棚田
が川沿いに拓かれている。深い谷と森の間の僅かな土地に造られた水田を見ると、何故か不思議に感
動させられる。タイムスリップしたよう錯覚におちいる。

寺の山門までは車が一台通れる道幅だが、その先は人一人がやっと通り抜けられるくらいの踏み分け
道になる。しかしこの道、今より1400年前、物部守屋を討つべく蘇我馬子の軍勢に加わった厩戸皇
子 (聖徳太子)が十三峠を経て生駒山を下ったその日、馬を進めた古道である。

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 故北村西望氏作「騎乗太子像」信貴山朝護孫寺

 信貴山奥之院の縁起によれば『奥之院の御本尊毘沙門天王は聖徳太子の御作で、太子(が)守屋大連
御追討の御時、毘沙門天王が阪部大臣に化現して先鋒を振われ、御尊像が汗をかかれていたと伝えら
れております。』とある。

ちょっとわかりにくい話だが、諸説を合わせると、物部守屋を蘇我馬子が攻めた時のことである。戦
に加わった厩戸皇子(聖徳太子)は苦戦を強いられていた。そこで軍神毘沙門天像を含む四天王像を彫
られ、信貴山に奉納した。すると阪部大臣(さかべおとど)に変身した毘沙門天が現れ、先陣を切り奮
戦し、ついに物部守屋を討ち取った。その時、太子が奉納した(木彫りの)毘沙門天が汗をかいてい
た、という話である。
太子が四天王を彫ったのは霊木とされる白膠木(ぬるで:ウルシ科の落葉中木)で、毘沙門天木像の
「汗」とされるのは白膠木の樹液であったと考えられている。

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 信貴山奥之院山門

『聖徳太子歓喜の余り此處に堂宇を建立して御安置申され、千三百有余年の今日に到る迄『汗かきの
毘沙門天王』と申し御霊験きわめてあらたかであります。』と縁起は続く。

日本書紀に、物部守屋を打ち果たした聖徳太子は、戦後四天王寺を建立したとあるが、その他、信貴
山朝護孫寺、大聖勝軍寺そしてこの信貴山奥之院を建立したと伝わる。
曽我・物部神仏戦争における聖徳太子と毘沙門天の伝説は数パターンあってやや混沌としているが、
要は奥之院にある毘沙門天像は太子の手彫りということである。

 s-P7056083笙谷寺裏山の紫陽花.jpg s-P7055984ホタルフクロ.jpg 
 笙谷寺斜面の紫陽花                路傍の藪に咲くホタルブクロ

多聞院について
信貴山奥之院、正しくは信貴山米尾山・多聞院。
毘沙門天(ブァイシュラヴァナ)元はインドの現地神で「よく聞くところの者」とか「すべてのこと
を一切聞きもらさない知恵者」という意味で、「多聞」と日本語に訳された。つまり毘沙門天と多聞
天は異名同神ということになる。

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 信貴山奥之院境内に立つ鳥居                   奥之院石仏群 

多聞院を称する寺は全国に数多くあり、毘沙門天を本尊とすることが多い。また、聖徳太子と毘沙門
天に関わる同様な話は他の寺院にも伝わるが、信貴山別院が「多聞院」と称するのは、毘沙門天を本
尊とするところに由来する。

話はそれるが、奈良で「多聞」といえば、「多聞院日記」が興福寺の塔頭多聞院の僧侶によって書か
れたことはよく知られている。また奈良市にある戦国時代の武将代松永久秀の居城跡「多聞城」は地
元の人たちに広く知られている。興福寺多聞院は現存しないので確認できないが、城の方は、城内に
多聞天が祀られていたと、今に伝わる。

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境内に、「鬼瓦」の展示棚があっる。実は、参道の途中にある笙谷寺(しょうこくじ)や、奥之院と谷
を隔てた北向にある南通寺にも古い鬼瓦が置かれていた。平群町の古寺では鬼瓦を並べ置くことが一
つのステータスなのだろうか。

信貴山奥之院は生駒山地の中腹に建ち、ここからの眺望は良く矢田丘陵の南麓まで見通すことができ
る。残念ながらちょうど手前の丘が邪魔をして法隆寺の伽藍までは見えなかったが、逆に斑鳩の地か
らは大地に壁のようにそそり立つ生駒山地が一望できる。

 s-P7056066信貴山奥之院山門眺望.jpg s-P7056007奥之院双樹.jpg
 信貴山奥之院は尾根に建つ 道の向こうは深い谷

<参考URL>信貴山奥之院
http://www.geocities.jp/okunoin6360922/index.htm
posted by ハマー at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 斑鳩・生駒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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