2011年03月03日

山の辺の道・杣之内 ロウバイと白梅

天理市・杣之内町木堂地区は石上神宮から内山永久寺までの山の辺の道沿いの地域にあたる。狭い谷
あいに数十軒の農家が散在する。いずれも豪壮な家屋敷を構え、広大な農地と山林を持つ土地の旧家
である。

石上神宮の森のすぐ南側に、マークしている農家がある。昨年('10)3月の終わり頃、山の辺の道か
ら遠くに山桜の巨木を見つけて、写真を撮りに分け入ったことがある。その時に、屋敷前の畑地にロ
ウバイの高木があることを知った。

s-P2260604杣之内農家のロウバイ.jpg
樹高が10mもあるロウバイの巨木である。根元から100本ほどに枝分かれしているが、元は一本の木で
ある。ロウバイは育てやすい木と言われているが、環境にかなりその生育が左右される木でもある。
ロウバイは樹高5mくらいの落葉性低木なのに、これだけの高さにまで伸び、見事に花を咲かせている
ということは、この谷あいの土地と余ほど相性が良かったのだろう。

s-P2260675ロウバイ冬日の輝.jpg

この地域は柿の栽培が盛んであるが、どうやら梅もよく育てられているようだ。柿の栽培地に隣接し
て、梅園がところどころにある。白梅だけのようだ。この春、美しい梅の樹を求めて山野を歩き回っ
ているが、樹全体を撮るのは意外に難しい。特に白梅は、背景色とのバランスが大切で、なかなか条
件が整わない。また、白梅とはいうものの真っ白な花びらを持った梅の樹にも今だ出会ったことがな
い。

s-P2240464杣之内梅園.jpg s-P2240448冬枯れの山に白梅.jpg

今までに何度も通った道だが、今日初めて、コンクリートに固められた擁壁に置かれた石仏に気がつ
いた。多分、山の辺の道の巾を広げる工事の前からあった石仏に違いない。山の斜面(法面)を削った
後に、元の場所あたりに戻したのだろう。コンクリートの壁面も石仏も苔むして同じ色合にまぎれ
てしまって、これまで見落としていたのだ。山茶花の赤い花や菜の花と黄水仙の鮮やかさに目が行っ
て、初めて石仏に気がついたのだ。

s-P2260727道路の石仏春花.jpg 

山の辺の道は昔も今も神社と寺と古墳を巡る信仰の道でもある。
町の中を通る山の辺の道は、アスファルトに舗装された道に姿を変えているが、土地の人々の山の辺
の道を守る心は今も変わることがないようだ。

ところで、この杣之内(そまのうち)という地名だが、明治12年(1879)に、木堂・山口・内山の三地区
が合併したときに、「木」「山」「内」の文字を合成した作字地名である。
「杣」という漢字は、「そまびと、きこり」「材木を切り出す山」などの意味を持つが、「杣之内」
という新しい地名決めたときに、そのような意味を少しは意識したのだろうか。
posted by ハマー at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 山の辺の道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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