2013年09月28日

奈良飛火野・中秋の名月

今年の中秋の名月は9月19日だった。その日は陰暦の八月十五日にあたりその夜に満月を見られるということで話題になった。
当日の夜は奈良の地においても唐招提寺や明日香村の石舞台など各所で観月会が催されるので、今年はどこの名月を撮ろうかと悩んだが、結局春日山に昇る月を撮りたくてそれで奈良公園は飛火野にした。

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知らない土地で月の入った風景写真を撮ろうと思っても、これが意外に難しい。春日山の月はこれまでに数度挑戦しているが、未だ成功していない。昇る月を見ることはできるのだが思うような絵にならないのだ。

詩人・薄田泣菫(すすきだきゅうきん)の随筆に『無学なお月様』という小文がある。薄田泣菫は戦前に活躍した文人で、代表作「茶話」の一編。
「野尻精一氏は奈良女子高等師範(現・奈良女子大)の校長である。野尻氏は晩餐が済むといつもの夜のように奈良公園へ散歩に出た。すると、いつの間にかくろずんだ春日の杜にのっそりと大きな月があがった。『や、月が出ている。ちょうど十五夜だな』と、たちどまって珈琲皿のようにまん円く、おまけに珈琲皿のように冷たいお月様をみているうち、野尻氏は口の中から変な三十一文字を吐き出した。『天の原ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも』 いい歌だ。百人一首に出ている名高い阿部仲麿の作だ。野尻氏はその歌を繰りかえしながら、じっと空を見ていると、肝心な珈琲皿のようなお月様が三笠の山の上に出ていない事に気がついた。野尻氏の立っている所から見ると、月は飛んでもない方角から出ていた。それから後というもの、野尻氏は公園をぶらつく度に、方々から頻りと月の出を調べてみたが、無学なお月様は、仲麿の歌なぞに頓着なく、いつも外っぽから珈琲皿のように円い顔をにょきりと覗けた。『やっぱり間違いだ。仲麿め、いい加減な茶羅っぽこをいったのだな。』 野尻氏は会う人ごとにそれを話した。すると大抵の人は『なる程な。』と言って感心しように首をかしげた。 野尻氏に教える。それは月が年が寄ったので、月も年がよると変な事になるものなのだ。ちょうど人のように・・・・」おおよそこのような内容である。

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野尻氏が奈良公園の何処で何月の何時頃、幾度月の出を観察したのかわからないが、ついに三笠山に昇る月を見ることはなかったのではないか。
月はいつでも春秋のお彼岸の時のように真東から昇るわけではないし、月は高度を上げながらどんどん南方向に位置を変えてゆくし、必ず晩餐(夕食)後の時刻に顔を出すとは限らないから。つまり、地球の衛星としての月を正しく理解していないと、三笠山に出る月を見ることは叶わないのだ。そもそもあの一首は阿部仲麿(仲麻呂)が中国にいるときに三笠山に出る月を思って詠んだ歌というのが通説であることだし。

野尻氏にアドバイス!
三笠山に月を望むならば奈良公園の新公会堂あたりから見るのが一番、十三夜の日が最適と思う。

posted by ハマー at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良を読む一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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