2012年09月05日

影に惹かれる 奈良心象 


影に心惹かれる。意識して影を追い探しているわけではない。フッと目に映った影に惹かれる。なぜ心惹かれるのかそこのところはよく解らないが、同じ感覚を持つ人は自分だけではないようだ。

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 「桜樹」

写真「桜樹」は奈良県道50号線桜井市穴師の道際に立つ民家、昨年の春(20011.4.14)の朝に撮影。土壁の肌の風合いと泥水ぶつけたような色染みの上に、薄曇りの弱い陽の光りが描き出す桜樹の朧なシルエット。二度シャッターを切ることができたが、その後日は陰りもう桜樹の影は出なかった。
太陽の光がつくりだす影の出現はその日その時の気象条件に左右される。そこにそのような桜樹の影ができることを知ったとしても再び同じ影を見ることは難しい。二度と見ることができないかもしれない。影の造りだした絵は、実在しない絵であり、幻影である。

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 「再生」

写真「再生」は奈良市白毫寺の境内で撮った。(2011.4.1) 石仏の裾から台座にかけて投影された椿の樹影に重なるように赤い花がポツポツ落ちていた。役目を終えた椿の花が再び違う世界に咲いた。超自然な宗教的な構図である。
影は純粋な自然現象であるが、光りの影が創る光景を心理現象として感性化することができる。影は、それを見る人の心の影なのかもしれない。

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 「大神神社」

写真「大神神社」(2010.7.8)は境内南口の小さな木橋に落ちた樹影。光りを主体にとらえれば木漏れ日となる。
「かげ」という語は影と同時に光を意味する、不思議な語である。『影が光によって生み出されていることは言うまでもないが、同じく、光りもまた影によって光としての輝きを得ている。「つきかげ」は月の光を指し「月影」と書く。「日影」は日の光り、日ざしを意味する。光りと影を同一ととらえる感性が古来より日本人にある。』(日本的感性 佐々木健一著) 光りが木樹に遮られてできた形状は光りの影である。つまり影は光りである。なにかこのあたりに、影に惹かれる理由があるように思えてくる。

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 「流影」

影は水の流れの上にも落ちる。しかし不思議なことに流れ去ることがない。いやもしかすると水に溶け、水泡とともに流れ下っているのかもしれない。写真「流影」は宇陀市の室生古道沿いの深谷川源流で撮影。(2012.7.2)

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 「手水石」

人の手によって造られた手水石も風雨に晒され太陽の光に焼かれ、摩耗しいつの間にか人の作為を消し去り自然に同化する。その岩肌に落ちた常緑広葉樹の葉影が、手水石を生命あるもののごとく豊かな表情に変える。影の創り出す形態はその落ちた場所、背景と重なり合うことにより何かを語り始める。影が過去を語り始める。影が何かを語り始めればそこに含みを持った情景が滲みだし、見る者の心に新たな像を結ばせる。写真「手水石」平群町三里の船山神社にて撮影(2011.7.10)。

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 「鑑真和上御廟」

写真「鑑真和上御廟」(2009.12.2) 唐招提寺の伽藍は高い木樹にすっかり覆われ外の通りから見ると森としか見えない。鑑真和上の御廟(墓所)は境内北東角の一際濃い緑の中にある。御廟へは開基のものとは思えない質素な造りの小さな門から入る。ふと足元を見ると敷居のあたり木漏れ日の中に森の影が映しだされていた。常に森の静寂が支配する唐招提寺を象徴する残像である。

影はそこにあるはずのない光景を見せて、消える。はかなくてそしてかげろう影。カメラはその一瞬の光景を残像として捕える。その残像が自分の心の奥深いところにある記憶を呼び覚ますようだ。影は自分の心に潜む意識を揺さぶり起こす。影に心惹かれるのはきっと、影のつくる光景に原初の記憶が共振するからだろう。
それは心象としての奈良、光と影が教えてくれる奈良の面影。
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2012年09月02日

伊勢本街道 高井の千本杉

旧い神社の多い奈良の地では、巨樹、巨木に容易に出会うことができる。奈良で写真を撮り始めてすぐに、自分は、そんな人の寿命をはるかに超える巨大な樹木を前にする時その存在感にいつも言いようのない畏怖の念に襲われるようになった。心が吸い込まれるようなそんな思いに囚われる。

高井の千本杉を見に行こうと思ったのはネットでその写真を目にしたことによる。写真の中とはいえ初めて目にしたその木の不思議な姿というか異形にただ驚かされた。ただならぬエネルギー、神秘な力を滲ませていた。なんという存在感。

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高井の千本杉は奈良県宇陀市榛原区赤埴(あかばね)にある。赤埴は江戸時代までは大阪から奈良猿沢の池を経て伊勢に向かう伊勢本街道の宿場街だが、主に室生寺へ参詣する信者たちの宿として多く利用されていた。今でも当時の宿屋(旅籠)の建物が数軒だがみごとな大和棟造りそのままの姿で残されている。明治14年以降は近くにバイパス(国道369号線)が整備されて、今では通る人も車も滅多にない。しかしそれが幸いしてかつての街道の姿がほぼそのままに残されている。

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千本杉は井戸の周りに植えられた5本の木が癒着した杉の木で井戸杉ともいわれる。徒歩の旅に飲み水は欠かせず、昔の街道には適当な間隔でよい水場が設けられ、村人も大切にし、また旅人も助かった。この高井の千本杉の根元には今も小さな井戸の口が覗き溜り水が光って見えるが、もう湧き出してはいない。

千本杉は地上1mくらいのところから16本の支幹に分かれる。樹齢は推定700年、幹周/25.0m、樹高/45m。幹回り25m、根回り35mという値は日本全国にある巨樹の中でも最大級の太さではないのか。45mの高さも人家近く道路際に生える木としてはトップクラスである。近くに見るまでは小さな森としか思えない。車で行った時、つい案内板を見落として通り過ぎてしまった。

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実際にその木を目の当たりにした印象は、その不思議なというか異様な姿かたちに唖然とさせられた。なんと形容したらよいのだろうか、巨大ダコを逆さまに置いたような不気味な姿に言いようのない恐怖感すら覚えた。化け物である。700年という年月が元とは全く異なる生物を創りだしてしまったようだ。六つの別の生命体が一つになって巨大化し生き続けるなんていうことが他にあるものだろうか。
空海が室生山へ登った際にこの場所で弁当を食べ、その箸を地にさしたところ生育したという逸話もあるが、そんな話が戯言にしか聞こえない存在感、生命力を発散する木である。

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千本杉という呼称はちょっと誇張しすぎではないかと思ったが、それぞれの支幹(主幹から分かれて出ている幹)から更に太い枝が四方八方に伸びた、もう杉とは思えない暴れ木である。千本には及ばないとは思うが「千本杉」と呼んでも差し支えない迫力ある枝振りである。

はるばる見に来てみたものの、千本杉の迫力にすっかり写真をとる気力が失せてしまった。負けた。巨木の霊に逆に写真魂を吸い取られた?
posted by ハマー at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 長谷・室生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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