2011年08月30日

奈良の夏 道端を飾る花たち

葛の花
入江泰吉氏の写真集で「くず」の花を見てから気になっていた葛の花、三年目にしてこの夏、初めて
撮ることができた。

葛は日本では何処にでも見られる「雑草」と言ってもよいごくごく普通の植物で、道路の法面や畑の
周り、野原や川原、山野の荒地にどこにでも繁茂する多年草。学名を”Pueria lobata”と表記す
るが、このlobataを思わず「路端」のことと勘違いしそうだ。本当はPueraria(クズ属)lobata
(浅裂した)の意味で、葉の形を表している。
しかし実際にそものを見てもそれが「葛」の葉と言い当てることができる人は少ないのではないか。

 s-P8287520葛.jpg

その旺盛な成長力・繁茂ぶりに今では有害植物とか、日本から移入された北米では侵略的外来種に指
定されるほどまでに嫌われてしまったが、本来は有用な植物である。
和名の「葛」は、かつて大和国(現奈良県、吉野郡吉野町)の国栖(くず)が葛粉の産地であったことに
由来する。葛餅や葛切は奈良漬とともによく知られた奈良の名物で土産店には必ず並んでいる。
また葛の根を干した葛根(かっこん)は漢方薬(生薬)としてよく知られている。蔓(ツル)はロープの代
わりとしてよく使われていたという。

奈良の山野を歩くと葛はいくらでも目にすることができる。特に放置された田畑には余計に生い茂る。
今も農林業が主要産業である奈良県だが、平成の時代に入り従事する人の高齢化や農業離れ(嫌い)に
より山際の田畑は至る所荒地化しすっかり葛に覆われてしまっている。

しかし地を這うように広がる葛だがその花を目にすることは難しい。見られる機会に恵まれない花と
言える。それというのは、多くの場合、花は葛の広い葉の下に隠され咲いていてもなかなか人は気づ
かない。でも今頃の季節、晩夏から初秋にかけて道端の樹木やフェンスに絡んで延び上がった蔓(つ
る)を目で追ってゆくと、ところどころぶら下がるように咲く紫やえんじに色付いた葛の花を見ること
ができる。砂埃を被った山野や道端の藪のなかで見るとなにか場違いなような、景色に馴染まない派
手な花である。

 s-P8277346葛.jpg

万葉集には21首の葛の歌が登場する。葛の花を詠ったものは山上憶良の
「萩の花 尾花 葛花 なでしこの花 おみなへし また藤袴 朝顔の花」
の秋の七草を並べた一首だけで、他は葛の延び拡がるパワーを描いたものばかりである。葛の花に関
して云えば万葉人の美的感覚にはそぐわない花だったようだ。

秋の七草に取り上げられた葛の花であるが、絵画の世界でもあまり顧みられることの無い花のようで
ある。日本人の美的感性にそぐわない花なのかもしれない。
俳句の世界では、正岡子規の「葛の葉の吹きしづまりて葛の花」の一句が代表的な(好きな)ものであ
るが、これは子規ならではの感性であり鋭い写生眼の所産である。

改めて、入江泰吉氏の「くず」と自分の写真を見比べと見たが。
入江氏の情緒にあふれた感性というか、写真眼に驚かされる。万葉人以後日本の画家、詩人にすら疎
んじられてきた「くず」の花を、写真家入江泰吉氏は柔らかくしっとりと写し込んでいるのである。
自分の写したものと全く質もレベルも異なる、美しい日本の「くず」の花が描写されていた。

 s-P8287421待宵草.jpg
 『月見草まだしぼまずよ朝散歩 (秋櫻子)』

待宵草
なんと情感あふれる名前だろう。宵(よい)とは日が暮れてまだ間もない頃で夜の入り口の時間帯。こ
の花は夕方に開いて翌朝に陽の光を浴びて萎む。子供の時分から見慣れた花でずっと「月見草」とい
う名前と思っていた。まあるく開いた黄色の花びらが満月を連想させることから全く違和感が無い。
ほんものの月見草の花は白色だが、残念なことに野原では自生できず栽培家の庭でしか見ることがで
きない一夜花である。
小説や短歌、俳句に取り上げられる月見草が「待宵草」と判断しても間違いあるまい。
竹久夢二が「宵待草」と書き間違えたために「待宵草」よりも「よいまちぐさ」としてよく知られて
いるという話はちょっと可笑しくも皮肉な話である。

 s-P8066868オシロイバナ.jpg 

オシロイバナ
この花も夜開性の草花だが、夕方近くの時間には開き始め、午前中咲いているのを見かけることもあ
る。園芸種で、道ばたや広場、公園や庭でもよく見かけるなど特に珍しい花ではないが、朝の早い時
間、日影に咲く青白いオシロイバナを見たとき、その幽玄な姿に心惹かれるものがあり、写真に撮った。

 s-P1210256ヒルガオ.jpg 

ヒルガオ
奈良の夏の山野は見渡すかぎり緑の草木に覆われ「緑色に染まる」という形容が何の違和感も無い。
酷暑の夏、野生の草の花を見ることは稀で、景色としても平板でなかなか写真を撮る気になれないの
がひとつの悩みである。
ヒルガオは道端でよく見かける花で、朝顔と違って午後も萎れることなく咲き続ける。薄桃色のどち
らかというと地味気な花だが、清楚な少女の面影を見るようで若い頃からの好きな花のひとつである。
地下茎で増え、一度増えると駆除が難しいため大半は雑草として扱われているヒルガオも、万葉時代
にはカオバナ(容花)と呼ばれ、カオバナと言うだけで容姿端麗な女性を思い出させる程美しい花と
された。古来日本人に植えつけられた美意識は今も僕のDNAの中に間違いなく配列されているようだ。

 s-P8287453鶏頭.jpg 

ケイトウ
生け花や仏花として使う目的で農家の庭先で良く栽培されているのを見かける。奈良時代シルクロー
ドを通って日本に入ってきた。根や茎は干した後にいぶしてネズミ除けに用いられると言うから、移
入当初は専ら害獣駆除を目的として広く栽培されていたのではないだろうか。

もう数日で9月。七十二候では処暑の次候で「天地始粛」とされ「天地はじめてさむし」と読む。よ
うやく暑さも静まる時季になったが、目に見える景色は未だ夏である。
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2011年08月15日

若草山の月は東に日は西に 奈良燈花会の夜

◆月は東に日は西に
8月13日(土)は「小望月(こもちづき)」。満月(望月)の前夜。若草山の頂から十三夜の月を撮ろうと
思った。頂上までは車で行き、若草山の二重目まで下って月の出を待つ。
満月の頃は月の出と日没の時間がほぼ同じ時刻になるので、一度に二つの楽しみがある

 s-P8136937日は西に.jpg 

19時01分、太陽は生駒山の西北西(方位289°)のあたり雲の中に消えた。予想はしていたが、月の出よ
り日没が先になった。標高342mある若草山の日没は平地より10分ほど遅い。時間がたつにつれ山際を
覆う雲は茜色に染まり、上空は濃いブルーに変わる。今日はまあまあの夕焼けになったと思う。※暦で
は月の出18時14分、日の入り18時48分

 s-P8136955奈良盆地黄昏時.jpg

19時15分、若草山のすぐ東背後に聳える芳山(ほうざん)の稜線の木立の間からサーチライトのような
強い光が射した。今にも月が顔を出そうとしている。山に囲まれた奈良の月の出は平野部より1時間ほ
ど遅い。

 s-P8136948芳山の望月.jpg  

東南東の方角、方位105°。考えていた場所よりも南に出た。日没の方向はおおよそ見当がつくが、月
の出る位置はコンパスを持っていないと予測が難しい。いつも思わぬ方角から顔を出す。
二分後芳山の上にまあるい月が浮かんだ。月の昇るスピードは見かけよりも速い。月は意外に明るい
もので60Wの電球の直射に相当すると聞いたことがある。露出や構図に迷っているとあっという間にシ
ャッターチャンスを逃してしまう。※月の上る速度= 地球の自転速度=1700km/h=? 

◆燈花会会場から流れ来る音楽に誘われて
若草山の二重目から残照の奈良盆地を撮る。19時25分、眼下の奈良公園一帯はすっかり闇の中に隠れ
てしまっている。遠く生駒山地まで街の灯りが続く。大仏殿の大屋根は闇に紛れてよく見えない。も
うライトアップされても良い時間のはずなんだが。
下の方から女性グループの歌声が風に流され聞こえてくる。横文字の歌詞だ。燈花会の点灯前のプレ
イベントなんだろう。そちらが気になるので、とりあえず会場が見えるはずの一重目まで下ることに
した。

 s-P8136963奈良燈花会の夜.jpg

若草山一重目からは燈花会春日野園地会場を見下ろすことができる。ライトアップされた南大門、奈
良国立博物館旧舘、興福寺五重塔も見える。山上から見た燈花会は生駒山の麓まで続く奈良市街の夜
景に比べて少し寂しい。だけど赤い蝋燭の光が特異な雰囲気をかもし出して幻想的だ。
山上からは人の姿は全く見えずわからないが、そこに下りて行けば本当に沢山の人が灯明に囲まれた
闇夜の世界を慈しんでいるはずだ。そんなことを思っていたら、なんだが急に自分が祖霊になって空
中から現世を見下ろし懐かしんでいるおかしな気持ちに陥ってしまった。燈花会の夜、若草山は人を
少し霊的な世界に誘い込むようだ。

午後九時少し前、ライトアップされた東大寺大仏殿を撮り終え、下山する。

 s-P8136976若草山大仏殿眺望.jpg 
 若草山二重目から東大寺大仏殿の大屋根を見る

参考URL
日の出・日の入り、月の出・月の入り、時刻と方位の計算 
http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~x10508/cgi/Srss2.php
posted by ハマー at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良公園周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月02日

奈良西の京・三松禅寺


■三松禅寺の印象

 s-P8016750三松禅寺への道.jpg
 薬師寺から三松禅寺へ向う道

奈良市では珍しい禅宗(曹洞宗)の寺が西の京にある。
奈良県の北域は明治時代以前まで興福寺が実質的な領主として君臨しその政治力の影響か禅宗の寺は
数えるほどしかない。奈良市にいたってはこの三松禅寺が唯一の禅寺と言ってもよい。

 s-P8016771三松禅寺.jpg 
 目を惹く竜宮造りの楼門

三松禅寺の由緒は明確ではないが同寺のHPを見ると『行基菩薩によって出家なされた 法親王真恵宗寂
大師の建立であり、歴史的に極めて由緒ある 南都15箇寺中の万民富楽を念じられた勅願寺』とある。
行基(668年〜749年2月23日)といえば奈良時代、日本に禅宗が伝わる以前に生きた僧侶である。三松
寺が禅宗の寺となったのは『延宝7年 (1679年)に大和郡山城主・本多政勝公一族の士族寺と して
建立され、後世、松平、柳沢公などの武家の菩提寺とし・・・』とあるから江戸時代初期のことであ
ろう。曹洞宗の開祖道元が1244年永平寺の前身である傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を
建立してから四百年以上後のことである。

興福寺が絶対的勢力をほこる奈良市内に三松寺が創建できたのただただ江戸幕府の権威によるものと
考えられる。それも南都平城京のはずれ大和郡山との境が限界であった。
そもそも、座禅は東大寺の大仏様の専売であり、人が座禅を組むなどちょっとアレだったのかも。

 s-P8016764三松禅寺楼門.jpg s-P8016757仏足石.jpg
 
 竜宮造りの楼門階上の木彫りの像が来訪者を迎える 仏石足 釈迦の足裏のレリーフも信仰の対象 

三松寺の山門をくぐるとすぐに墓地が広がり、水子の供養塚が一際目立つ。墓地の中央に三松寺の本
堂と宿泊施設を備えた参禅道場があり社員研修の場としてまた座禅体験の場として地域社会に貢献し
ている。この寺は奈良で普通に見る寺院というよりも霊園および鍛錬・研修施設としての景観であ
る。 
 
■六条の森と奈良県立病院の移転に関しての私感 

三松寺の西に六条山とよばれる標高103mの山林が広がる。奈良市の市街地では珍しいまとまった緑が
残された場所だ。ここが県立病院の移転地として決定したのは今年六月のことである。また45年前に
計画されたものの頓挫している大和中央道の建設構想が再浮上した。
奈良市を車で移動していてつくづく思うのは、国道24号線の他に平野部を南北に貫く道路が無くとて
も面倒なことである。とは言え幹線道路の整備により市街地では貴重なまとまった緑地が失われるこ
とはそれも惜しいことである。

 s-P8016785福姫稲荷.jpg s-P8016789六条山神社.jpg
 六条山の守り神「福姫稲荷神社」と「六条山神社」の神殿 

奈良市民のこの問題に対する声はまだ聞こえてこないが、観光者(ストレンジャー)としてこの地を歩
き確かめてみたいと思った。
現地を踏破しての印象はこの緑が疎林というのだろうか意外に貧弱であること、また周囲が市街地と
して開発されたのに、六条山一帯だけが開発を中途半端に放棄終了されたことにより、逆にゴミの不
法投棄の場所になり、閉鎖放棄された建物も見られ著しく景観を悪化させている。
また南北の交通が未だ遮断されたままであることにより住民の移動の自由を妨げ、また生活に欠かす
ことのできない商業施設の進出・整備をも妨げ快適な住生活を阻害している。特に六条山周辺の道路
整備を伴わない無計画な住宅開発は、災害に弱い街として今後に憂いを残している。
 s-P8016809登弥神社参道入り口石灯篭.jpg s-P8016801登弥神社参道.jpg
 六条山の西端に座す「登弥神社」の印象

自分には関係のない土地のことではあるが、奈良市に平城京のあった頃のようにスッキリとした市街
地を建設できるのだから、病院の建設に先駆けて大和中央道の整備を進めることが良いのではと、思
うのだが・・・

 s-三松禅寺周辺地図.jpg
 西の京 三松禅寺と六条の森周辺地図 

<参考URL
>三松寺HP
http://www.aikinara.jp/sanshoji/sanshoji.htm
奈良県立病院移転 奈良市六条山
http://www.ac.auone-net.jp/~nara-koe/news91.html
posted by ハマー at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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