2011年03月30日

奈良氷室神社のしだれ桜と巨大賽銭箱について

今年昨年、一昨年と比較して花の開花が一週間から10日ほど遅い。お陰でというのもおかしいが梅の
花が今でも見られる。
草木の開花は人間のスケジュールには合わせてくれないものだ。

 s-P3281809枝垂梅椿.jpg
 しだれ梅と椿 前田真三氏の写真に倣う

東北関東大震災もまさに人間の思惑どおりにはコントロールできない自然のわがままを見せつけられ
たというところだろう。東北地方でマグニチュード7以上の地震は起きないと学者は言い切って来た
のだが、自然はあっさりと浅はかな学者たちの予測を裏切ってくれた。しかしそれが自然の本来の姿
だと思い知らなくてはならない。

奈良・天理市の「桜まつり」は東北関東大震災を受けて夜間のライトアップを含めて今年は中止とな
った。二万人以上の人々が死に行方不明になっている今、当然のことかも知れない。佐保川「桜まつ
り」(4月2日、奈良市法蓮町の同小)は規模を縮小し、義援金を募るチャリティーイベントに変更
したと言う。募金の機会を増やすことはとても良いことだ。

 s-P3291912氷室神社枝垂桜.jpg
 氷室神社のご神木枝垂桜

しだれ桜で知られる奈良氷室神社に撮影に出かけた。なんと、桜樹の下にベニヤ板で造った巨大な賽
銭箱が二基置かれていた。去年まではなかった。氷室神社は春の花見の時期だけに限って沢山の人が
境内を訪れる。しかしだからと言って、ここぞとばかり初詣の神社みたいな賽銭箱を据え置くのは、
風流心に欠けるし、ちょっと時節柄なにか心ないというか、浅ましいことだ。念のため募金箱の断り
書きはないか探したが見当たらなかった。
posted by ハマー at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

飯田蛇笏 梅 写真附句

山の辺の道 中山町に飯田蛇笏の句を想い梅の花を撮る

 s-P3030910白梅の宙3月3日.jpg 
 

『 空高く白梅の咲く風景色 』

白梅にレンズを向けていてふと上空を見ると、さっきまで青一色だった空に、見る見るうちに筋状の
薄い雲が浮かび出てきた。
「風景色」とはこんな空のことを言うのだろうか。遠く日本海を渡り北陸の地に雪を落とした大陸の
寒気がこの地の上空に造った巻積雲。梅は咲いたが、冬はまだ腰を据えたままだ。

 s-P3050997たに梅.jpg

『紅梅のさきしづまりて見ゆるかな』 

しんとした冷気のなか山里は穏やかな朝を迎えた。太陽は山の端から顔を出したばかりであたりはま
だ仄暗い。里山の中腹に薄紅色の一本の梅の樹がひっそりとたたずんでいるのが見える。


『ぱつぱつと紅梅老樹花さけり』

 s-P3050966弾け咲く白梅.jpg

飯田蛇笏の「梅」のなかで、もっとも好きな一句。
梅の花が「ぱつぱつと咲く」なんていうそんな感覚は自分の中になかった。「老樹」という日本画で
好んで取り上げられるモチーフとの対比、展開が刺激的だ。この句を知ってから、自分の「梅」を見
る目が変わった。飯田蛇笏としては珍しく華やかな絵画的な句である。
紅梅老樹を探し歩いているが今だ格好の樹に会えずにいる。とりあえず「白梅」でイメージする。

『夕昏れて紅梅ことにさけるみゆ』

 s-P3051185夕暮れて梅.jpg s-P3051159中山町昏梅.jpg 

「梅」を見るなら朝一番と決めていたが、試しに夕暮れ時に撮りに行く。
今日の日没時刻は5時55分。太陽が西の空に傾いてゆくに従い、急激に気温が下がって行く。時おり冷
たい風がとおり過ぎる。寒い。車にコートを脱いできたことを後悔する。
「ことにさけるみゆ」とはどういった感じだろう。「ひときわ色紅く咲いていた」という意味だろう
か。目の前の梅は少し薄色の「紅梅」であるが、いつもと違う「梅けしき」を捉えることができた。
た。

『紅梅のうちひらきたるばかりなり』

 s-P2240422紅梅打ち開く.jpg

「うちひらく」の「うち」は「ちょっと」とか「すこし」という意味だろう。
梅の木にすっかり紅く色づいた蕾を見つけたが、肝心の花はまだ一輪、二輪咲いているだけ。少し気
落ちした様子がよく伝わってくる。
野原ではまず白梅が咲き、そしてかなり遅くに「紅梅」は咲き始める。白梅も十分美しいが、やは
り「紅梅」の華やかさには勝てない。「紅梅」が咲く頃、野山には春の気配が漂い始める。


飯田蛇笏全句集を二度読み通した。
明治36年(1903)以前から昭和37年(1962)までの60年間に詠んだ句は「録するところ」6247句にお
よぶ。

「梅」を詠んだ句は、正確に数えてはいないが40句以上あるだろう。
椿の句はやや少ないものの同程度ある。「桜」を詠んだ句は極めて少ないし、しかも山桜にかぎられ
ている。
飯田蛇笏の山国の暮らしにあって、梅の花はごくごく身近なものであった。

『紅梅になほななめなる日の光』
『風冴えて宙にまぎるる白梅か』
『ゆく雲に野梅は花のなごりかな』
『まのあたり梅さく2月十五日』
『草原や花うるみたる梅一樹』

 s-P3030842白梅道に咲く.jpg
 
『雑木原白梅ぬれて鵯の啼く』

s-P3111241梅にヒヨドリ.jpg

※ 参考図書
 新編 飯田蛇笏全句集 昭和60年4月10日 初版発行 角川書店

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2011年03月03日

山の辺の道・杣之内 ロウバイと白梅

天理市・杣之内町木堂地区は石上神宮から内山永久寺までの山の辺の道沿いの地域にあたる。狭い谷
あいに数十軒の農家が散在する。いずれも豪壮な家屋敷を構え、広大な農地と山林を持つ土地の旧家
である。

石上神宮の森のすぐ南側に、マークしている農家がある。昨年('10)3月の終わり頃、山の辺の道か
ら遠くに山桜の巨木を見つけて、写真を撮りに分け入ったことがある。その時に、屋敷前の畑地にロ
ウバイの高木があることを知った。

s-P2260604杣之内農家のロウバイ.jpg
樹高が10mもあるロウバイの巨木である。根元から100本ほどに枝分かれしているが、元は一本の木で
ある。ロウバイは育てやすい木と言われているが、環境にかなりその生育が左右される木でもある。
ロウバイは樹高5mくらいの落葉性低木なのに、これだけの高さにまで伸び、見事に花を咲かせている
ということは、この谷あいの土地と余ほど相性が良かったのだろう。

s-P2260675ロウバイ冬日の輝.jpg

この地域は柿の栽培が盛んであるが、どうやら梅もよく育てられているようだ。柿の栽培地に隣接し
て、梅園がところどころにある。白梅だけのようだ。この春、美しい梅の樹を求めて山野を歩き回っ
ているが、樹全体を撮るのは意外に難しい。特に白梅は、背景色とのバランスが大切で、なかなか条
件が整わない。また、白梅とはいうものの真っ白な花びらを持った梅の樹にも今だ出会ったことがな
い。

s-P2240464杣之内梅園.jpg s-P2240448冬枯れの山に白梅.jpg

今までに何度も通った道だが、今日初めて、コンクリートに固められた擁壁に置かれた石仏に気がつ
いた。多分、山の辺の道の巾を広げる工事の前からあった石仏に違いない。山の斜面(法面)を削った
後に、元の場所あたりに戻したのだろう。コンクリートの壁面も石仏も苔むして同じ色合にまぎれ
てしまって、これまで見落としていたのだ。山茶花の赤い花や菜の花と黄水仙の鮮やかさに目が行っ
て、初めて石仏に気がついたのだ。

s-P2260727道路の石仏春花.jpg 

山の辺の道は昔も今も神社と寺と古墳を巡る信仰の道でもある。
町の中を通る山の辺の道は、アスファルトに舗装された道に姿を変えているが、土地の人々の山の辺
の道を守る心は今も変わることがないようだ。

ところで、この杣之内(そまのうち)という地名だが、明治12年(1879)に、木堂・山口・内山の三地区
が合併したときに、「木」「山」「内」の文字を合成した作字地名である。
「杣」という漢字は、「そまびと、きこり」「材木を切り出す山」などの意味を持つが、「杣之内」
という新しい地名決めたときに、そのような意味を少しは意識したのだろうか。
posted by ハマー at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 山の辺の道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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