2010年11月20日

東大寺の秋九景

この数日の冷え込みで遅れていた秋色は一気に進んだ。
東大寺境の森には色褪せた常緑の木々にあざやかな黄や、赤色が加わり、まるで画家の持つパレットの
中にいるようだ。

「一年(ひととせ)に ふたたび行かぬ 秋山を 心に飽かず 過ぐしつるかも」 詠み人しらず(万葉集)

今年の秋は難しいと思っていた奈良行きだったが、三日間、東大寺、薬師寺、山の辺の道を歩くことが
出来た。

 s-PB197337大湯屋松公孫樹並図.jpg s-PB197349大湯屋黄葉鬼瓦.jpg
 大湯屋の大公孫樹 

東大寺の大湯屋の大公孫樹はもう一度撮りたいと願っていた場所だが、運よく黄葉(もみじば)の最も美
しい時に訪れることができた。
昨年は11月25日だったから、およそ一週間早いその姿を見られたことになる。
公孫樹の木の黄葉は個体による差が大きく、東大寺境内でもまだ緑のままという木もある。
大湯屋の公孫樹はほぼ黄変し枝先の葉はすでに散り始めている。

 s-PB197283吉城川秋流.jpg 
 吉城川水面を飾る南京はぜの落葉

今回はこれまで足を踏み入れたことの無かった吉城川に入ってみた。ここは今、厳密には東大寺の境内
ではなく私有地の中になるが、河川そのものは個人のものではないので下流から源流まで遡上すること
は可能だ。
吉城川の両側に普段見ることの出来ない古い時代(多分明治、江戸末期)の景色が隠されていた。ここは
再度来たいものだ。

 s-PB166866楓秋化粧.jpg s-PB197376二月堂大屋根秋色A.jpg 
 二月堂裏手の道から望む
二月堂の裏手から見る東大寺の秋景色も今回初めての経験だった。二月堂、三月堂を囲むように楓、公孫樹、
南京はぜの大木は今ちょうど赤、黄色と燃えたつように広がり聳える。
東大寺の中で秋景色の最も美しい場所と言える。

 s-PB197300杉公孫樹秋襖図.jpg s-PB197404落葉降り敷く.jpg
 杉木立の後ろ金色に輝く公孫樹     東大寺寺務所(旧東南院)

明日は満月。大仏池から望む月の出が美しいと土地の男性が教えてくれた。明日名古屋に戻る前に見ら
れたらいいのだが。天気予報は午後から高気圧に覆われ青空が広がるとのこと。

 s-PB166743龍松院山門楓紅葉.jpg s-PB166721覆う公孫樹.jpg
 龍松院山門楓紅葉      僧坊跡の公孫樹
posted by ハマー at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 東大寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

東大寺講堂跡礎石に座し考えたこと

大仏殿と正倉院の間にポカリと広がる空間は、講堂、三面僧坊という呼ばれる建築物が並ぶ
あたかも現代の大学キャンパスのようであった。
今では講堂跡の草地に埋もれた礎石と草を食む鹿を見るばかりの寂しさであるが、当時は学
僧や様ざまな仕事にたずさわる幾百もの人が溢れる大変な賑わいの場であっただろう。

 s-PB026254桜紅葉講堂跡.jpg

しかし、1508年に戦火で焼失した後、講堂が再建されることはなかった。
恐らく仏都としての奈良本来の立場はすでに消失しており、東大寺も歴史的仏教遺産、天皇
家ゆかりの寺として認識されていた過ぎない。
仏教の本流が平安京(京都)に移ってからすでに半世紀を越える時がたち、国家仏教から宗派
仏教へと変化した日本の仏教界において、東大寺に期待すること、東大寺が担う役割はもう
終わっていた。

 s-PB026266大仏殿講堂跡.jpg
 

東大寺に再び講堂が建つことがなかったのは、奈良仏教が日本仏教の源流であったとしても舟
は川下に流れ去っていたことを意味する。講堂跡に再び学僧たちの音声が聞こえることはない。
晩秋の朝、礎石に座しそんなことを考えていた。

 s-PB026229講堂礎石.jpg

 
posted by ハマー at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 東大寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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