2010年02月25日

霞立つ山の辺の道

奈良盆地の東に連なる美しい青垣の山裾を縫うように続く「山の辺の道」は、季節を問わずよく
深い霧に包まれる。見慣れた梅林も霞に覆われた時は、まるで山水画の中にいるような気分にさせ
てくれる。写真もつい、絵画調なってしまう。


 霧中薄紅白梅揃絵.jpg


和歌・万葉の世界では、春は霞、秋の霧と使い分けているそうだ。確かに、その前提で読まないと
歌の趣旨を取り違える可能性がある。ただ、霞の場合「春」という文字を重ねて使うことが多いよ
うに感じる。


「のどかなるけしきを四方にをしこめて 霞ぞ春のすがたなりける」
「ふかく立つ霞のうちにほのめきて 朝日こもれる春の山の端」


先日、山の辺の道で「霞」というものを初めて体験した。霧と比べて明らかに軽い煙のようなモノ
だった。TVドラマなどでよく見るスモークのような、けぶるといった感じだった。霧の流れは重
く冷たい。霞の流れは軽くフワフワとしていて、煙と勘違いしてつい手で払いのけようとしてしま
った。


 朝日ほのめく.jpg


「松竹梅」という三文字熟語がある。一般的に「目出度い」ことの象徴として使われるが、本家中
国では「歳寒三友」といって、「清廉潔白・節操」の意味で使われているという。松と竹は寒中に
も色褪せず、また梅は寒中に花開くことから、文人の理想を表現した
ものとして認識されている。
「三友四愛」という使われ方もする。「四愛」とは、菊、蓮、梅、蘭
の併称で、中国の文人画で
好まれる画題とされる。
 
 
 霧中薄紅梅白梅並絵.jpg



「梅」をはじめとした「三友四愛」は、自分の写真でも、モチーフとしてはとても気になるモノだ。
しかし、「梅」を写しても即「山水」とは言えない。「梅」とどう対するのか。「霞と梅」で何を
表現したいのか。そこが、わからない。言葉にできない、何か感じるものが確かにあるのだが。
それがなんだか写真にできないのだ。まだまだ「倣い」から先に進むことが出来ない。
 


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2010年02月24日

山に里に野にも春

朝一番に中山町集落東はずれの柿畑に向かう。斜面に立つ一本の白梅、いまだ蕾の枝立ち多く、
四弁の花びら鮮やかに咲き競う。山影いまだ青一色の濃淡の中にあり、かすか紅滲む白い花が
暖かに見える。


 梅と山影.jpg
 

ツクシ
細い流れの際に、土筆が顔を出していた。子供の頃、よく土筆を摘みに行ったことを思い出す。
袴を取るまでが子供の仕事。爪が真っ黒になるし、幾百本もの袴を取る単調な作業はわずらわ
しいが、卵とじのほろ苦い複雑な味が懐かしい。野原にぼうぼうと茂る蓬の新芽を摘み、草もちを
作ってもらったことも、故郷の遠いとおい春の思い出。


 土筆.jpg



オオイヌノフグリ
学名を「ベロニカ ペルシャ」と名づけられた欧州原産の小さなちいさな青い花。
ベロニカはキリスト伝説に登場する女性の名前。ペルシャは現在のイランをいう。聖ベロニカに
例えられたこの小さな青い花は、思うに、彼の地に産するラピスラズリの「青」からイメージされて
名づけられたのだろう。キリストの奇跡を伝える美しく清純なネーミングだ。

一方、和名の「オオ犬のフグリ」は花でなく花後の果実の形状をさして名づけられた。どなたが
つけたか知らないが、この可憐な美しい花の名前としてはなんとも興ざめで、いただけない。
「るりきらら」なんていう名はどうだろう。小さな青い星の散らばる可憐な感じが伝わる、よね。


 オオイヌノフグリ.jpg 


白梅・薄紅梅・紅梅揃い咲き

崇神天皇陵を東に三百mほど登ったところにある牛舎の脇に、揃い咲く白梅、紅梅、薄紅梅の
三本の古木がある。この時期に同じ場所に三色咲き揃うのは、山の辺の道でも珍しい。


 紅・白・薄紅梅.jpg
 

写真を撮っていて、ふと「春が来た」のメロディーがよぎる。

小学校唱歌「春が来た」二番の歌は
「花が咲く 花が咲く どこに咲く」
「山に咲く 里に咲く 野にも咲く」
と、「花」が主語。一番の歌詞は「春」三番は「鳥」。

山の辺の道は今、この歌詞にふさわしい時期を迎えている。
山と里と野の織り成す山の辺の道の春は「梅」から始まる。梅の花はほんとうに期間が長い。
咲き始めから一ヶ月間くらいの間、次々と咲き続ける。

この春初めて、鶯の啼き声を聞いた。


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2010年02月19日

梅、梅、梅

長岳寺から衾田陵へ向かう山の辺の道に、淡い紅色の花を咲かせた一本の梅の木がある。道からは
西山塚古墳(大和雅宮神社)の樹陰に隠れうっかりすると見逃してしまう。

八重咲きのしだれ梅。お椀を伏せたような丸い輪郭、触手のように伸びた無数のしなやかな細枝に
小さな花をいっぱいにつけている。古墳の黒い緑を背景に開いた扇のように立っていた。


 古墳の梅.jpg


中山町のすぐ背後は、龍王山に連なる急峻な峰がそびえる。集落の中を通る坂道の両側には、がっ
しりとした構えの農家がびっしりと立て込むように連なり続く。白壁に反射する朝陽がまぶしい。


 中山町朝の梅.jpg

 

山に向かって広がる、柿やミカン畑の崖ふちに梅の木が一本、二本と植えられている。多分、農家
が家で使う梅干用の実を採るためだろう。まだまだ冬の支配する枯れた野山に、白や紅の梅の花が、
春がすぐそこにあることを教えてくれる。紅が少し入った白梅の古木がまだ青白さの残る峰々を背
に、柔らかく浮き出る。幽寂あふれる山水画の世界のようだ。


 幽寂の梅.jpg 


梅は中国原産。弥生時代前期(紀元前10世紀)にはすでに日本に渡来していたらしい。
万葉集には119首も詠まれている。万葉の時代は花といえば「梅」だった。しかも白梅がもてはや
されていた。今でも、野山には圧倒的に白梅の数が多い。

『梅の花今盛りなり百鳥の 声の恋しき春来るらし (小令史田氏肥人)』は万葉集に詠われて
いる好きな歌のひとつだ。たしかに、梅の木に近づくと、ほんとに鳥の声がやかましい。百舌鳥、
ヒヨドリ、メジロ、ジョウビタキをよく見る。

百鳥(ももとり)とは「多くの鳥」という意味と解されるが、奈良のこの地に限ってみれば、百鳥を
「百舌鳥(もず)」と読んでも差し支えないほど、よくよく目にする。街中ではついぞ見かけたこと
は無かったが、山麓に森や林の拡がる山の辺の道沿いには、百舌鳥の餌になる昆虫や小動物が
豊富に生息しているということなのだろう。

 
 萱生町菅原神社のしだれ梅.jpg
 


萱生町の菅原神社の境内に、一本のしだれ梅がひっそりとそして今を盛りとばかりに、濃い紅色の
花を道行く人に見せてくれている。
菅原神社(天満宮)は菅原道真を祭り神とした神社だ。道真が梅を愛し、庭の梅の木に
「東風(こち)吹かば匂ひをこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」と歌に詠み、その梅が大宰府
に天を飛んで移動したという飛梅伝説ができたことから、梅を象徴として神紋に梅鉢紋などが多く
利用され、また、道真の霊を鎮めるために境内を梅の木で飾るようになったことはよく知られてい
る。梅の花の咲く早春は、菅原神社が一番華やかで、また安らぐ時季ということになる。

 
 花の下で.jpg 

 
花満開の梅の木の中に入ってみた。まるで花かごの中にいるみたいだった。西行が
『願はくは花の下にて春死なん その如月の望月のころ』
と詠った如月は、陽暦二月のこと。
桜の時季はまだ先のこと。案外、西行も、梅の木の中に入りこみ、淡い紅色の中に彼岸を見たのか
もしれない。悲しくはない。穏やかなやさしに満ちた揺りかごの中にいるような気持ちになれる。

しかし、西行をして死に憧れるさせる心持は、一体なんだったのだろう。花の中ひそんで見ても
それはわからない。
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2010年02月14日

幸せが通る 山の辺の道

今日の山の辺の道は、晴天に恵まれ暖かな一日だった。渋谷町の民家に咲く白梅の巨樹をな
んとかモノにしたく、また来てしまった。二月になってから三度目のこと。ちょっと離れた場所か
ら望遠レンズで狙う。携帯電話や民家のTVアンテナが目に付くが、この頃、あまり気に障らなく
なってきた。むしろ「それも景色のうち」時代をよく映すモノとして、逆にあって然るべきものと
して受け取ることができるようになった、みたいだ。


 渋谷集落の白梅.jpg


山の辺の道
日本最初の公道といわれる「山の辺の道」、今では人の心が通う安らぎの道として生きている。今日
も、ハイカーの姿は一時も絶えることが無い。みんな楽しそうに、通り過ぎる。この道には、幸せ
な人たちが、幸せの足跡を残して行く、そんなふうに思えた。


 古木に思う
いつの頃から古木に惹かれるようになった。何本にも枝分かれした自然木に余計に惹かれる。
恐らく、古代から人の感じてきた、生命というか、木に宿る精霊のような存在を、その木を前にし
たときに強くキャッチするのだ。これは多分、自分の中にある生命の種が、木に宿る生命の種に
呼応しているに違いない、と思う。


 笹薮斜面の木.jpg 

人の手のかかっていない自然木というものは、実に多様な姿を示す。街の中や公園で見る木には想
像できない奇態とも言える形を成す。それが有りのままの自然な形なのか、否いろいろな障害にあ
った故の形なのか分からない。しかしその異形がかもし出す形相に畏怖を覚える。
(山の辺の道、景行陵のすぐ脇にある陪塚(上の山古墳)にて)

 上の山古墳の木.jpg 

※上の山古墳
http://www.geocities.co.jp/Stylish-Monotone/8192/kofun/nara/tenri_uenoyama/uenoyama.html
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2010年02月11日

早梅 山の辺の道

昨日の朝、奈良盆地は濃い霧に覆われた。真っ白な霧に隠され100m先に何も見えない。だけど、
この深い霧も、太陽が高くに来ればたちどころに薄れ消えてしまう。奈良盆地の霧は珍しいこと
ではないが、その場に居合わせられることの機会は珍しく、そうそうあるわけではない。


心せくなか山の辺の道、白梅の里に急ぎ車を走らせる。天気予報が、この陽気は五月中旬の暖かさ
だと報じている。あの集落に咲く農家の庭先白梅の花はどうなっているだろう。


 崇神陵 松B.jpg 霧の崇神陵.jpg


車を置いた崇神天皇陵は、東に聳える龍王山から降りてくる冷たい風に、地上を覆う暖気をかき
混ぜられ、霧に見えなくなったり、黒い塊のように目の前に表れたりする。霧が無くなる前にとに
かく撮りたい。陵の周りを、シャッターを切りながらせわしく移動する。だけど、霧は見る見る
うちに、薄れてしまった。


 崇神陵杉林B.jpg 崇神陵裏山の枝箒.jpg
 


霧の消えた山の辺の道を、目的の景行天皇陵に向かう。この暖かさだが、やはり果樹園の梅の蕾
は薄緑の豆粒のようにまだ固い。だけど、人の手のかからなくなった梅の木は、早く咲き始めるよ
うに思える。白い五弁の花びらに飾られ、蕾も次つぎに開きそうに大きく白い。全体を蔦に覆われ
た白梅の枝先の百舌が、獲物をさがして頭を振る。

 
 蜜蜂に梅の花.jpg 蔦のまく白梅に百舌.jpg 
 


景行天皇陵のある渋谷の集落、農家の白梅は枝いっぱいに花を咲かせていた。だけど、うす曇りの
空に取り込まれたように紛れてしまう。どんなに角度を変えてみても、全高15mにもなるこの白梅
の巨樹を仰ぎ見れば白い空に重なり、絵にならない。

仕方なく、遠くから農家の家越しに、とりあえず撮っておくことにする。液晶モニタに写った景
色を見て思った。「あれ、どこかで見たことがあるぞ」。 そうだ、まるで原田泰治の絵みたいだ。
なんと原田泰治の絵も、自分は許容できるようになったらしい。それでは(真似てみるか)と、農家
の前に三脚を構え人通りを一時間近く待つが、猫一匹も通らない。思ったようには行かない。


 渋谷集落の梅の木.jpg


『写真というのは、偶然を偶然でとらえて、必然化することだ』という岡本太郎の言葉がよぎる。
絵のように消したり加えたりできないのが写真なのだ。


 原田泰治オフィシャルホームページ
 http://www.torinome.net/index.html


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2010年02月08日

梅花 山の辺の道

 山の辺の道沿いにある梅の木はまだ花を開き始めたばかり。蕾だけの木がほとんどだ。同じ群れ
の中でも、早咲き、遅差咲きの木がある。「さきがけて咲く一樹あり谷戸の梅」(長澤健子)。ネッ
トで見つけた句だが、谷間の梅畑、葉を落とし枝ぶりだけが目立つ梅の木の中、鮮やかな花色を呈
した一本の木を見つけた時の嬉しさは、確かに歌に詠みたくもなろう。

 
崇神天皇陵近くの紅梅.jpg 白梅.jpg


万葉集に「春さらば逢はむと思いし梅の花 今日の遊びに相見つるかも」という一首がある。味
気ない冬の期間をすごし、この頃少し春めいてきた山里にきっと梅の花を見ることができるかもし
れないと、心ときめかせ野遊びに行く気持ちは、昔も今も変わらない。

 
景行天皇陵早春.jpg
 


景行天皇陵のある天理市渋谷町の農家の庭先に、一本の大きな梅の木がある。樹高は15mくらいだ
ろうか、天に向かって大きく拡がる枝にはびっしりと白い蕾がついている。こんなにも背の高い梅
の木を見るのは初めてだ。樹齢は二百年を下らないだろう。桜井方面から山の辺の道を来れば見ら
れるが、天皇陵に気をとられた旅人たちはつい見逃し去っていってしまう。肝心の農家もこの梅の
巨木の価値に気づいていないようだ。根元には使われなくなって久しい軽トラックが打ち捨てられ
ている。

 
 農家の庭梅の巨木.jpg
 


『春雨を待つとにあらし我がやどの 若木の梅もいまだふふめり』(藤原久須麻呂、万葉集)

天気予報明日は雨。渋谷町のこの梅の巨木、歌のような若木ではないが、雨の上がった翌日にいっ
気に蕾を開き、白い花は青い空が見えなくなるまで木を覆うに違いない。


posted by ハマー at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 山の辺の道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

冬戻る立春の朝山の辺の道

寒い冬が戻ってきた。このまま春になって行くのかなと思っていたけど、そう簡単に開け渡すわけ
にはいかないよってばかりに、寒い冬が戻ってきた。立春の朝
道の水たまりにガンコそうな氷がビシリと張っている。底にとどく白い氷が張っている。

山の端から太陽が白いマルになって上がってきたけど、すぐに雲がジャマをして見えなくしてしまう。
雲は三輪山の上をグルグルと回って、いつまでもそこにい続けようとする。

風が冷たい。あの景色を撮りたくてこの場所で30分待った。だけど、雲は三輪山の上を旋回している。
雲は不思議だ。いつの間にか、なんとなく沸くように生まれてくる。いつの間にか、姿をつくって、
かたちをなして雲になる。


 幽玄の時三輪山.jpg
  三輪山のこの景色を撮り直したかった 10.02.02 10:01 



一時間待ったけど、雲はさらに厚く、空を覆い、晴れそうに無い。今日は、あきらめだ。雲が晴れて、
太陽が三輪山を照らしても、もう思い描いた景色はもう見られない。太陽は、高く昇りすぎた。

山を下りて、穴師の集落に向かう。今朝、通ってきた山の辺の道にロウバイが形よく咲いていたから。
もう一度そこを通って帰ろう。


 流れとロウバイ.jpg ロウバイ満開.jpg
 山の辺の道、この時季ロウバイがこれ見よがしに花ひらく

 

罠にかかった、死んだ鹿を見た。三輪山から鹿が穴師の里に降りてきて、ミカンを食い荒らす。だか
ら畑のあちこちに鉄の爪でできた罠が仕掛けられている。『一日に三頭かかる。そこ危ないから、罠が
あるから気をつけて。』白い布の切れ端がそこに罠のあることを教えている。『そこは通らないで、人
の臭いが移って、(獣が)通らなくなっちゃうから。猪を捕まえるんだから』


 竹やぶの赤い実.jpg
 竹やぶは人里に広がる


叙情あふれる「山の辺の道」は、今でも野生の息づく人里との境目なのだ。昨日までとは違う気持ちが、
ジワリと僕の心に浸み拡がる。
posted by ハマー at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 山の辺の道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月03日

立春 山の辺の道

帯解駅を過ぎたあたりから桜井線の車窓は雪景色に変わった。屋根の上や田んぼは薄っすらと白
い雪に覆われている。予想もしていなかったことなので戸惑ってしまう。このまま目的の駅まで
行くべきか迷う。陽が昇れば、この程度の雪はすぐに消えてしまうだろう。その前までに何枚か写
真を撮っておきたい。思い切って巻向駅で、下車することにした。


 春雪菜の花.jpg


この日は、山の辺の道の様子を知りたくて奈良駅から電車に乗った。立春を前にしたこの時季、も
う春の花は咲き始めているだろうか。それが、この雪なのだ。だけど、落胆はしない。もう降らな
いだろうと諦めていた雪を見られたのだから。とにかく三輪山に向かって急ぐ。


 レンギョウ.jpg
 


穴師の集落に入ったところの畑に、黄色の花が目に付いた。近づいて見ると、降り積もった雪の重
みに耐えかねた菜の花が地に伏す様にしなだれている。雪というよりはシャーベットのようだ。
民家の玄関脇にはレンギョウが開き始めている。母はこの黄色のシャワーのようなレンギョウの木
花が大好きだった。そういえば今、家の庭に見られなくなった。いつの間にか背の高いアメリカハ
ナミズキにとって変わっている。繁殖力の旺盛なレンギョウは家の小さな庭では厄介者だったのか
もしれない。

 
 雪の中小さなお堂.jpg
 


集落のはずれを通る山の辺の道沿いにある、あの小さなお堂はどんなふうだろう。行き先を変更し
て北に向かう。やはり、思ったとおり景色だった。まわりの田畑は白い雪に覆われ、お堂の屋根に
も雪が積もっている。供えられ水仙や菜の花、小菊が新しい。

どんなふうに撮ろうかと、右、左、近くから、近づいたり、遠ざかったりしてカメラを構えたもの
の、結局いつもと同じように正面から撮ることになった。

 
 首なし地蔵.jpg
 

お堂の脇に、上のほうが欠けた顔のない石仏があった。これまで気づかなかった。この首のない線
彫りの地蔵菩薩、集落の人に聞いても「自分が生まれる前からあった」というだけで、だれもその
由縁を知らない無縁仏だ。でもこの土地には、まだそのようなモノを大切にたいせつにする心が今
も残っている。いや、日本人の心に深く根ざす、見えないものを大切にする、畏れの気持ち、原初
の信仰心のような気持ちなのだと思う。

 
 雪の中みかん畑.jpg
 

穴師の集落を過ぎると果樹に覆われた急峻な山道に変わる。ぬかるんだ雪解け道はうっかりすると
足を滑らせそうだ。
この山肌には、梅や桃、柿の木が植えられていて今は常緑のミカンの木が橙色の実を残している。
もうしばらくすると梅の花が開きそうだ。蕾が大きく膨らみ色づいている。もう十日もすれば山は、
白や赤い梅の花に覆われるだろう。


 梅の蕾ゆるむ.jpg


『雪もよの 深きみ冬に なぐさむる 春を思へと ゆるるつぼみの』(詠み人知らず)
「ゆるるつぼみ」という言い回しは現代語に変えると「ゆるむつぼみ」ということになるが、それ
を見て「春を思へ」とは、なんかシャレた言い回しだなぁ。

この写真を見せて、また来る春の訪れを感じてもらえるだろうか。

posted by ハマー at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 山の辺の道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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